得るものはない

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深夜。

時刻は2時を過ぎた頃だ。
辺りはすっかり暗闇に包まれている。

良い頃合だ…
そう思いながら、俺は目の前の邸宅を見上げる。

ここ数日で下調べは済んでいる。
この家の住人は5人。
しかし主夫婦は不在なので、今家に居るのは3人だけだ。
その3人とは、年老いた婆さんと1人娘のお嬢さま、そして使用人の男。

この使用人の若い男には気を付けなければならないだろう。
しかし、もし万が一見つかり、面倒なことになりそうなら…有無を言わさず仕留めるつもりだ。
そう思いながら、俺は使い慣れたナイフを確認する。

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田舎の山の中にある豪邸。
俺なんかにとって、これほど仕事のしやすい所はない。

しかもこの家は、金持ちの癖に何のセキュリティもされていない。
まったく平和ボケというか…これじゃあ強盗に入ってくださいと言っている様なものだ。

俺は建物の裏手に回り、予め目を付けていた窓の前に立つ。
格子の付いていないトイレの窓。
顔より少し高い位置にあるが、入ろうと思えば楽に入れる。

さて、テープでも貼って叩き割ろうか…と思い、手袋をした手で窓に触れたところで俺は吹き出しそうになる。

ふん…なんとまぁ…。

鍵が開いている。
呆れてしまう。まったく、拍子抜けだ。

俺はそっと窓を開けると、身を躍らせて中に侵入する。

もちろん、拍子抜けしたと言っても警戒は怠らない。
トイレという場所は、この時間最も人と出くわす可能性が高い場所だ。
夜中に目を覚ました住人は、大抵がここに来るだろうからな…。

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家に侵入した俺は入ってきた窓を閉め、ある部屋へと向かう。
その部屋とは、この家のお嬢さま――紗希という女の部屋だ。
家の外観から、部屋の位置の検討は付いている。

俺の目的は、もちろん金だ。女ではない。
しかし…
遠目にだが、見上げた窓に映るあの女はなかなかの美人だった。
しかも噂によると足が不自由らしい。
…つまり、容易に逃げることはできないということだ。

そんな女が、少し人里離れたこんな場所で無防備に暮らしている。
無論1人で暮らしている訳ではないが、俺にとっては同じことだ。
簡単に潜り込める場所に1人で居るのだから。

それが如何に危険なことか、俺が教えてやろう。
じっくりと、その身をもって学ばせてやろう…。

そう思いながら俺は2階への階段を上がり、目的の部屋へと向かう。

辺りは静まり返り、夜鳥の鳴き声が聞こえるばかりだ。
余りに静か過ぎると仕事がやりにくい事もあるが、これだけ広い家なら問題ないだろう。
それに万が一誰かが気付き、部屋にやってきたとしても…女を人質に取ればいい。

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足音を忍ばせて部屋の前に着いた俺は、そっとノブに手を掛け、ゆっくりとドアを開ける。
…鍵が掛かっている可能性も考えたが、ドアはすんなりと開いてくれた。
そして滑り込むように中へと入り、音も無くドアを閉める。

カーテンの隙間から差し込む月明かりのみの、暗い室内。
既に暗闇に目が慣れていた俺は、部屋の中をサッと見渡し…眉をひそめる。

…ちっ。

窓際のベッド。
当然そこに女が寝ているだろうと思いきや――
そこには狐のヌイグルミが1つ、ポツンと置かれているだけだったのだ。

トイレにでも行ったか?

そう思いながら俺はベッドに近付き、シーツに触れる。

――冷たい。
人が寝ていた形跡もない。
これは…?

…あぁ。
ふん、そうか…。

女がこの部屋で寝ていない理由について、すぐに1つの考えに行き着く。

あの男だ。
使用人の若い男。恐らくあの男のところだろう。
両親が留守なのを良いことに…ってところか?

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獲物を横取りされたような気分になるが、不自由な身でありながらここに居ないことを考えると、女は自分の意思で行ったのかも知れない。

…仕方ない。
わざわざ男の部屋を探すのも面倒だ。

そう思った俺は、本来の仕事に戻ることにした。

――金目のものを、根こそぎ奪う。

まずはこの部屋からだ。
金持ちの、1人娘のお嬢さま。さぞかし高価な物を持っていることだろう。

俺は室内を見渡し、目に付いた鏡台に向かう。

――その時から、多少の違和感はあった。

そして鏡台の前に立ち、引き出しを片っ端から開ける…

…が。

クソッ…やっぱりだ。

何もない。
どこにも、何も入っていやしねぇ…。

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そもそも、おかしいとは思ったのだ。
何しろ鏡台の上には、何一つ置いていないのだ。
化粧品はおろか、手鏡の1つさえ。

几帳面に全て仕舞い込んでいるのかとも思ったが、やはり何も無かった。
この鏡台は使っていないのか?
身支度は別の部屋でやっているのか?
ならば、なぜ鏡台がここに置いてある?

…いや、考えるだけ無駄か。
どうでも良い事だ。
お嬢さまがどこで化粧をしようと、そんな事に興味はない。

俺は気を取り直し、次に目をつけていた箪笥へと向かう。
そして、一番上の小さな引き出しを開け…他の引き出しも開け放っていく。

…何だ?

全て空だ。
何一つ入っていない。

ならば――

俺は勢い込んでクローゼットの前まで行き、その扉を思いっ切り開ける。

…無い。
服が一着も掛かっていない。
クローゼットの中には、忘れ去られたようなハンガーが数個ぶら下がっているだけだった。

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何だこれは…。どうなっている?
あまりにも予想外なことに、俺は軽い眩暈に襲われる。

ここは誰も使っていない部屋なのか?

…いや。
そんな訳は無い。

俺はここ数日の間、この家を見張っていたから知っている。
今日――正確には昨日の昼過ぎ、2人の若い女がこの部屋を訪れてきているのだ。

では、部屋を間違えたか?

…いや、それも無い。
これ以上無いほど、確実な目印がある。
それは窓だ。窓の形を見れば分かる。
他の部屋とは異なり、この部屋だけ出窓になっているのだ。
間違いようが無い。

しかし…

ならば何故、ここには何も無い?
何故、ベッドや箪笥といった家具しか置いていない?

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待てよ…

その場に立ち尽くし、しばし考え込んでしまった俺は1つの解を見つける。

そうか分かったぞ…。
あの女、部屋を移ったな?

これだけ大きな家だ。他にも部屋は沢山ある。
恐らく、気分を変えるためにと言って女は部屋を変えたのだろう。
何しろ不自由な身だ。
毎日ずっと同じ部屋と同じ景色では、気が滅入ってしまう…とか、そんな理由だろう。

納得できる考えが浮かんだ事に俺は満足し、安心する。
たとえ間違っていても良い。
気を落ち着かせ、冷静を保てることが出来ればそれで良いのだ。

…そうとなれば、この部屋に用は無い。

俺は何もない無人の部屋を出ると、次の部屋へと向かう。

それは主夫婦の部屋だ。
元々はそこが一番の狙いであった。

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3階建ての邸宅の、その3階にある主夫婦の寝室。
そこに隣接した書斎部屋。
この家で、最も金の匂いのする場所だ。

部屋の検討を付けていた俺はまっすぐそこに向かい、まずは寝室へと入る。
夫婦の留守を良いことに、使用人の男とお嬢さまが寝ている可能性も少しだけ考えたが、そこには誰もいなかった。
婆さんもいる訳だし、流石にそこまではしない、か。

フン、と鼻を鳴らしてから、2つ並んだ高級そうなベッドを横目に、俺は大きなクローゼットの扉に手を掛ける。
そしてゆっくりとその扉を開け――

――同時に、全身の力が抜けていくのを感じる。

バカな…ここも!?

そのクローゼットの中は、またしても空であった。

どうなってんだ?
意味が分からねぇ…

俺は脱力した目でベッドを見る。

ベッドは…綺麗にメイキングされている。
先ほどの部屋もそうだった。シーツも枕も掛け布団もあったのだ。
それなのに…何だ?これは。

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一切合切、何も無いというわけではないのだ。
室内に、TVや小型の冷蔵庫といった家具は、普通に置いてある。
ベッドの横のナイトテーブルには、花瓶やメモ用紙といった物もある。

生活感は十分に感じられる。
それはそうだ。実際に人が住んでいるのだから。
しかし…俺の望むものが、一切ない。
俺の狙う金目のものが、一つも目に付かないのだ。

俺はフラフラと隣の書斎部屋へ行く。
そこには大きな本棚があり、大量の本が置いてあった。
しかし俺は、本になど興味は無い。
例えその中に高価な本があったとしても、俺には分からないし…
そんな本は、決して置いていないだろう。なぜか確信できる。

部屋に置いてある書斎机は、どっしりとした高級感に溢れている。
しかし、こんなものは盗みようがない。
机の上には様々なものが置いてあるが、金目のものは何も無い。引き出しのどこを探しても見つからない。
万年筆用のインク入れが目にとまるが…どこを探しても、万年筆自体は無い。
きっと高価なものだから置いていないのだろうと、そんな風に思えてしまう。

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――ここは駄目だ。
この家は駄目だ。何か異常だ。まるで…
…いや、考えないでおこう。今やるべきことは1つ。
速やかにこの家から立ち去ることだ。

俺は急いで、かつ慎重に書斎部屋を出る。
慎重に。そう、こんな時こそ慎重に行動しなければならない。
異常な事態に遭遇するのは、これが初めてではない。
以前盗みに入った家でも、衝撃的な光景に出くわした事がある。

――その家の夫婦が、揃って首を吊っていたのだ。

それに比べれば、異常性は高いかも知れないが、冷静さを失うほどではない。
俺は落ち着いて1階まで降り、玄関まで行く。
帰りはここからだ。入ってきたように、わざわざトイレから外に出る必要もない。
玄関の鍵を開け、重々しい扉を開き…ゆっくり表に出ると、俺は夜空を見上げて一息つく。

ふぅ…。まったく奇妙な家だった。2度と来たくもない。
今日はもう休んで…明日は別の家にお邪魔するとしよう…。

そんな事を考えながら門を出て、坂を下りようとした、そのときだった。
視界の隅に何かを見たような気がして俺は振り向く。

…振り向いたその先にある道。
家の方ではなく、山の上へと真っ直ぐに続くその道の先。

そこに、1人の女が立っていた。
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