彼女は思い出すA

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私「あのさ、紗希ちゃん」
紗希「?」
私「明君も」
明「ん?」

私「私が初めて紗希ちゃんに会った時の事、覚えている?」
明「…あぁ、覚えているよ」
そう言いながら、紗希ちゃんを見る明君。
紗希「…うん、私も」

私「その時さ、明君と私と…あと誰かもう1人、女の子が居なかった?」

明「…」

明君の顔が、何故か一瞬曇る。
私はそれを不思議に思いながらも、質問を続ける。

私「紗希ちゃんが来たのって、確か、川原でその子と遊んでいる時――」
紗希「…古乃羽さん」
私「?」

紗希ちゃんが、悲しそうな表情で顔を横に振る。

明「…良いんだよ」
紗希ちゃんに声を掛ける明君。

何だろう?と疑問が浮かぶけど、その理由はすぐに分かった。
明君の話で、すぐに…思い出す事ができた。

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明「確かに居たね。もう1人」
私「うん」
明「3人で遊んでいた」
私「うん…」

あれ、何だろう…この感じ…

明「あれは、奈々だよ」

なな?

あっ…!!

ハッと息をのむ。
私、何て事を――

私「あの…、ごめんね」
明「いやぁ、良いんだよ。もう随分経つし」
気を遣ってか、そう言ってくれる明君。
うわぁ、失敗だ。悪い事聞いちゃった…。

美加「…奈々って、誰?」
こちらの気も知らずに、サラッと聞いてくる美加。
もう。ちょっと察して欲しいのに。
ここはどうしようかな…と思っていると、明君が答えてくれる。

明「奈々は僕の妹だよ。…もう亡くなってしまったけどね」

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物部奈々。
奈々ちゃん。

明君の妹で、いつも彼の後ろにくっついて来ていた子だ。
背の小さな可愛らしい子で、常に明君の服の裾を掴んでいたようなイメージがある。

母親がおらず、父親はここ――堀塚邸で働いていたので、奈々ちゃんが常に明君にくっついていたのは当然と言えば当然の事かも知れない。

2人はとても仲の良い兄妹で、明君は子供ながらに奈々ちゃんの面倒をよく見ていたし、奈々ちゃんも明君の言う事はよく聞いていた。

…そんな奈々ちゃんが亡くなったと聞いたのは、私が紗希ちゃんに初めて会った、その翌年の1月のことだった。

その事を今まで私が忘れていたのは…
きっととても悲しくて、無意識の内に忘れようとしていたのと、それ以降、奈々ちゃんの話を誰もしなくなったからだろう。
それと、翌年から美加が来るようになって、私の中で勝手な"穴埋め"が出来ていたのかも知れない…。

――その後は今通っている大学の話などをして、時間も遅くなってきたこともあり、私たちは堀塚邸をあとにした。
明君、紗希ちゃんと携帯の番号を交換し、田舎から帰る前にはまた訪ねてくる約束をして。

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夕暮れ時、帰りの坂道を下りながら、私は奈々ちゃんの事を美加に教えてあげる。
彼女の話が出てからずっと、美加が何か気になるような顔をしていたからだ。

美加「そうなんだ…」
私「うん。ちょっと悪い話題に触れちゃった」
気になっていたもう1人の女の子の事は、杵島のおじさんかおばさんに聞けば良かったなと思う。

美加「ふーん…」
私「どうかした?」
美加「ん?いやぁ、ねぇ…何でかなぁって」
私「何が?」
美加「私、全然気付かなかった、って言うか…そんな様子、少しもなかったじゃない?」
私「様子?」
美加「うん。ほらさ、私が初めて会った年に、明君はお父さんと妹さんを亡くしていた訳でしょ?」
私「そうね」
美加「1月に亡くして、私が会ったのが8月。まだ半年ちょっとしか経っていなかったけど、私の明君の第一印象って、明るく優しい元気な子なのよね」
私「それは…きっと、凄く頑張って立ち直ったのよ」
美加「まぁ、そうなんだろうけどさ…」

頑張って立ち直ったと言ったものの、確かに美加が不思議がるのもおかしくないかも知れない。
今思うと、明君は悲しい素振りや寂しい様子を、欠片も見せていなかった。
私が奈々ちゃんの事を思い出せなかったくらいに。
昔から勘の良かった美加が、気付かなかったくらいに。

父親だけでなく、あんなに仲がよかった奈々ちゃんも亡くして、天涯孤独の身になった明君。
それは、相当辛かっただろうけど…
私「紗希ちゃんが支えてくれたのよ」
きっとそうだろう。
釈然としない様子だったが、「そうだろうね」と美加も同意する。
明君と紗希ちゃんは、本当に仲が良い、お似合いの2人だ。

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堀塚邸までの坂を下りて、来た時の道をそのまま戻っていく。
坂道では誰ひとり見掛けなかったが、麓の道に入るとポツポツと通行人がいる。
夕飯の時間が近いからか、誰もが気持ち、急ぎ足だ。

そういえば、今日の晩御飯はおばさんがご馳走を作ってくれると言っていた。
それを美加に伝えると、「楽しみだねぇ…ウヒヒ」と、他人には見せられないような笑い方をする。
まったく、食べるだけじゃなくて、ちゃんとお手伝いもさせないとな、なんて思っていると――

声「古乃羽ちゃん?」
突然、後ろから声を掛けられる。
こんなところで誰かな?と思って振り返ると、そこには着物を着た、見覚えのあるお婆さんが立っていた。

私「あ、紗希ちゃんの…」
お婆さん「やっぱり。大きくなったわねぇ」

紗希ちゃんのお婆さん――父方のお婆さんである、堀塚雅代さん。
堀塚家の前当主である、堀塚大安さんの奥さんだ。
現在の堀塚家には、こちらの雅代さんと紗希ちゃんのご両親、紗希ちゃんと明君の5人が暮らしている。

私「お久しぶりです。今丁度、お邪魔していたんですよ」
雅代「そうなの…ありがとうね。あの子、喜んでいたでしょう」

…うーん。

昔から紗希ちゃんのお婆さんは、私が紗希ちゃんを訪ねると「ありがとう」と言う。
お友達なのだから、普通だと思うのだけど…。

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美加「あれ?」
横で美加が声をあげる。

私「どうしたの?」
美加「いやぁ…。はじめまして、神尾美加です」
そう言って、ペコリと頭を下げる美加。

私「あれ、会った事ないっけ」
美加「無くはないんだけど…」
雅代「はじめまして、堀塚雅代と申します…今朝は御免なさいね」
美加「えへへ…」

今朝って…?
…あぁ、そういうことか。

挨拶だけを済まし「それじゃあ、またいらしてくださいね」と言って、去っていく雅代さん。
少しお話したかったけど、夕飯の時間も近いからかな。

私「美加が今朝会ったお婆さんって、雅代さんの事だったのね」
再び歩き出しながら、聞いてみる。

美加「そうなるね。紗希ちゃんのお婆ちゃんだったんだ」
私「うん。紗希ちゃんのお父さんの、お母さんだよ」
美加「何か、不思議ねぇ」
私「ん?世間は狭い、って?」
ここの町が狭い、って言った方が正確かな?

美加「それもそうだけど、紗希ちゃんの家ってお金持ちじゃない」
私「うん」
美加「でも、あのお婆さん…雅代さんって、ここからどこにも行った事が無いのよ?」

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私「あ、そっか…」

美加「元気そうだし、行きたくない訳でもなさそうだし、お金の問題も無さそうだし…」
私「うーん…」

堀塚家のことだから、変な家風があるとか?…と思ったけど、それも無さそうだ。
現に今、紗希ちゃんのご両親は町の外まで出掛けている。
と、なると…

私「紗希ちゃんに遠慮しているとか…」

雅代さんは、昔から紗希ちゃんの事をとても気に掛けている。
足の不自由な紗希ちゃんに遠慮している可能性はありそうだ。

美加「でも、紗希ちゃんだって行こうと思えば行けるじゃない。車椅子でだって、遠出できない訳じゃないし」
私「そうだけどさ」
美加「それにさ、1度も無いってことは、紗希ちゃんが生まれる前からって事でしょ」
私「あ…そうだね」

そうだった。
雅代さんは、確か70過ぎだ。
つまり、70年間この町の外に出た事がない…?

ちょっと信じ難い話だけど、雅代さんが嘘を付く理由も無い。
私たちは得体の知れない、なんだかモヤモヤしたものを感じながら家へと帰っていった。
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