2人は本を読む@

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堀塚家は、地元の名家だ。

町の中心から少し離れた場所に、立派な邸宅を構えている。

現在の当主は、今は亡き先代の堀塚大安(たいあん)の息子、堀塚真人。今年で52になる。
妻の匡子は48で、美人の奥様として有名だ。
彼女は地元の人間ではないけれど、気さくな人柄で地元の集会や催し物などにも積極的に参加し、評判が良いらしい。
厳格な夫である真人とは大違いだ、と言う人もいれば、あれはあれで夫婦でバランスが取れているから良いのだと言う人もいるそうだ。

そんな2人の間には、1人娘が居る。
名前は、堀塚紗希。
今年で19歳になる彼女は、母親に似た細面の美人で、いかにも「お嬢様」といった感じだ。

…ただ1つ残念なことに、彼女は生まれつき足が悪く、歩くことができない。

そのためベッドで横になっている事が多く、外に出掛ける事も稀であることから、深窓の令嬢と言われている。

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そんなお嬢様と夏休みに帰省して来るだけの私が友達になれたのは、明君のお父さんのお陰だった。
明君のお父さんは堀塚家で使用人をしており、紗希ちゃんのお世話係にもなっていたのだ。

あれは確か数年前――小学6年生の夏休みのこと。
私と明君と、確か美加の3人で近くの川原で遊んでいたところに、明君のお父さんが車椅子の紗希ちゃんを連れて来てくれたのだ。

紗希ちゃんの第一印象は、触れたら壊れてしまいそうな華奢なお嬢様。
肌が白く、着ている服は綺麗で上品で、何となく近寄りがたい感じのする子だった。

今の唯ちゃんに負けず劣らず人見知りなところがあった私は、ちゃんと仲良くできるか自信がなかったけど、
その頃から既に紗希ちゃんと仲が良かった明君が、私たちの仲を上手く取り持ってくれた。

それ以来、私は帰省するたびに紗希ちゃんに会っていたけれど…
彼女を外に連れてきてくれる人は、初めて会った時以降、明君のお父さんではなく、紗希ちゃんのお母さんとなっていた。

――なぜなら、私達が紗希ちゃんと初めて会ったその翌年、明君のお父さんが亡くなってしまったからだった。

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父親が亡くなり、物心付く前に母親も亡くしていた明君は、堀塚の家に引き取られることになった。

――養子としてではなく、住み込みの使用人として。

なぜ養子として迎えなかったかは、堀塚家の家風にその理由があった。

それは、「堀塚家に子供は1人」というもので、紗希ちゃんのお父さん――堀塚真人には1人も兄弟はおらず、紗希ちゃんもまた、一人娘だった。
…もし病気とか事故で不幸があったらどうするのかな、なんて、変な心配をしてしまう。

とにかくそんな理由があったため、明君は養子にはならず、名前も「物部」のままとなっている。

養子として迎えられなかったことに対し、当の明君はどう思っているのか…と言うと、彼はそのことを大いに喜んでいた。

…なぜなら、明君は紗希ちゃんのことが好きだったからだ。
彼は養子としてではなく、「婿」として、堀塚家に入ることを望んでいる。

そんな話を、私は彼本人から、4年前に祖父の3回忌で帰省してきたときに聞いていた。
広い邸宅で彼女の家族も居るけれど、紗希ちゃんと一つ屋根の下で暮らせるのは、ちょっと嬉しかったりする、と。

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――
私が田舎に帰った翌日、地元のお寺で法事を済ませた親戚一同は、簡単な食事会を終えた後それぞれ自分の家へと帰っていった。
私の両親も同じく。

そのためその夜の杵島家には、お婆ちゃんと正一さん一家、それと私という5人だけになっていた。

夕飯の後お風呂を済まし、私は2階に借りた部屋で彼にメールをする。
内容は――まぁ、みんなに冷やかされちゃったとか、そんなこと。
照れくさいね、という彼からの返信。でもちょっと嬉しいかな、なんて惚気ちゃったり。

…と、そんなことをしていると、コンコンとドアがノックされ、唯ちゃんが顔を覗かせる。
何かな?と思ったけど、用件は一目で分かった。
なぜなら、唯ちゃんは満面の笑みで、大量の絵本を抱えていたからだ。

…私も小さい頃、絵本を読んでもらうのが大好きだった。
でも、もう読む側になっちゃったな、なんて思いながら、唯ちゃんを招き入れて絵本を読んであげる。
こんなとき、自然と優しい声が出てくるのは…母性かな?
小さい子に絵本を読んであげるという行為が、自分を優しい気持ちにしてくれる。

唯ちゃんが持ってきた絵本は、私が小さい頃に持っていたもので、どれも見覚えのあるものだった。

ただその中に、『兵士と森の魔女』という、私の知らない絵本が1冊だけあった――。

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――
『兵士と森の魔女』

あるところに、1人の兵士がいました。

ある晩、彼は家に帰るために森の中を歩いていました。

するとどこからか、人のすすり泣く声が聞こえてきます。
気になった兵士がその声の元に行くと、そこには美しい女の人が1人、猟師が仕掛けたであろう罠に足を挟まれて泣いていました。

これは大変だと思い、兵士が近付くと、その女の人はこう言いました。

「私はこの森に住む魔女です。罠に掛かってしまい、外すことができません。助けて頂けませんか?」

兵士は答えます。
「魔女ならば、それくらいの罠は自分の力で外せるでしょう」
魔女は悲しげな顔で言います。
「それが、今夜は新月なので、力が出せないのです」

なるほど、確かに今夜は新月で、月は出ていません。
兵士はそれならばと、魔女の足から罠を外してあげました。

魔女は言います。
「ありがとうございます。お礼に何でも1つ、願いを叶えてさしあげましょう」

願いを1つと言われて、兵士は少し考えます。
そして、こう言いました。
「それならば、私の妻になってくれませんか」

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魔女はその願いに驚きますが、断ることはせずに、こう言いました。

「私はこの森から出ることができません。それでもよろしいですか?」

美しい魔女に一目惚れをしていた兵士は答えます。
「もちろん構わない、自分も一緒に森に住もう」

魔女は「分かりました」と言い、こうして2人は、森の中にある秘密の家で暮らすことになりました。

――そして、1年が経ちました。

願い事として夫婦になった2人でしたが、彼らは幸せに暮らしていました。
魔女も次第に兵士に強く惹かれるようになり、森から出られないことも苦にはなりませんでした。

…しかしある日、兵士の国で戦争が起きます。

兵士は当然、戦争に行かなければなりません。
魔女は兵士のために、怪我をしないように魔法を掛けて送り出してあげます。
そして秘密の家で1人、兵士の無事を祈り続けるのでした。

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――やがて数日が経ち、戦争は終わりました。

兵士の国は、攻めてきた敵国を何とか退けました。

…しかし、兵士は帰ってきません。

魔女は水晶玉を使い、兵士を探しました。
すると、敵国で捕虜となっている兵士を見つけることができました。
兵士が生きていることを知って魔女は安堵しますが、しかし同時に、その捕虜たちが明日の朝処刑されることを知ります。

魔女は、どうにかして兵士を助け出さなければと悩みます。

しかし敵国は遠く、自分の魔法は届きません。

しばらく考えた後、魔女は自ら助けに行くことを決意します。
幸いにも今夜は満月で、魔力が最も満ちるときです。

夜になるのを待ち、魔女は兵士への手紙と1つの小箱を置いて、秘密の家を出ました。
目指すは、兵士たちが捕らわれている敵国の城です。

2人は本を読むAへ続く
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