話をしてはいけない

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いけない――

遅めの昼食後、自室で本を読み、少しまどろんでいた時に"それ"は降りてきた。
心の片隅で気にかけていた事が幸いだったのかもしれない。
とにかく急がないと――

そう思い、私は部屋の呼び鈴を鳴らす。
…と、すぐに彼が来てくれる。

明「紗希、どうした?」
滅多に使わない、ベッド脇の呼び鈴。
それが鳴った事で心配そうな顔をしている。

私「すぐに一乃守に行って」
明「一乃守?…分かった!」
何かしらの緊急事態だと察してくれたのだろう。
理由も聞かず、急いで部屋を出て行く明君。

説明は後でも出来る。
今はとにかく急いでほしい。

そうしないと、2人が――

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――
舞さんに似ているな、と思った。
美加も同じように思ったみたいで、隣で一瞬息を呑んだのが分かった。

レザーのロングコートを着た、髪の長い女性。
紗希ちゃんと同じくらいの長さかな…と思い、そういえば紗希ちゃんにも似ているな、と気付く。

美加「あの…」
女性「ごめんなさいね、突然会話に割り込んじゃって」

ゆっくり近付いて来ながら、その女性が言う。
2つ3つ年上かな?背丈は私たちと同じくらいで…紛れもなく美人さんだ。

美加「あぁ、いえ…えっと、このお社のことですか?」
女性「そうよ。1785年に造られたものよね」
美加「そうみたいです。何かご存知なんですか?」
1人で普通に受け答えをする美加。

女性「先日ここを通ったときに見つけて、ちょっと気になったから調べてみたの」
美加「あ、じゃあ私たちと同じですね」

私を置いて話をする美加。
何だかいつもと違うなと思い、すぐにその意図に気付く。
美加はきっと、こう考えているのだ。
「私が話をしているから、古乃羽はよく見ていてね」と。

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美加「私、美加って言います。彼女は古乃羽。2人で散歩していて、これを見つけたんです」
自分の名前くらい自分で言うよぉと思いつつ、私は変に思われない程度に目の前に立ったその女性を見つめる。

うーん、どこから見ても普通の人だけど――

女性「私は、舞」

…えっ?

その瞬間、目の前の空気がゆらりと揺れた。
風が吹いた訳ではなく、その女性の周りの空気が蜃気楼のように一瞬だけ揺れるのが見えた。

美加「え…」

舞「何か?」
そう言って、小首を傾げる…舞さん。

やだ、この仕草もまるで――

美加「あ…っと…、あの、すみません。知り合いと同じ名前だったので…」
動揺を隠せず、たどたどしく答える美加。

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舞「あら、そうなの」

…何の他意も感じない。異常も見えない。

舞という名前も、小首を傾げる仕草も、珍しいものではない。
外見もよくよく見てみるとそっくりということもなく…やはりどちらかと言うと、紗希ちゃんに似ている気がする。

…何でもないのかな?

見ず知らずの人を変に疑って、疑惑の目を向けるのも悪い気がする。
少しだけ注意はして…こちらも普通に接するべきだろうな。

私「あの、お社について何か?」
舞「えぇ。造られた…建てられた、って言った方がいいのかしら?その年に何があったのか調べてみたの」
私たちが、丁度しようと思っていたことだ。

舞「そうしたら――1785年天明5年、その年に始まった訳ではないのだけど、2,3年ほど前から全国である厄災が起きていたの」
美加「…どんな?」

舞「飢饉よ」

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飢饉…?

…あ。

私「天明の大飢饉?」
舞「そう言われているわね」
美加「聞いたことがあるような、無いような…」
私「中学で習ったでしょ?」
美加「あぁ…あれ、ね。うんうん」
確実に分かっていないナ。

天明の大飢饉は、江戸時代に起きた、全国各地で多数の死者が出た大飢饉だ。
…でもその時にこのお社が建てられたとして、その理由は?

私「あの、このお社、一乃守と言って…この町には他に六乃守まであるそうなのですけど、それは…」
舞「そうね。町の出入り口にそれぞれあるわね」
調べたというのだから、流石にそれは知っているか。

私「えっと、その町の出入り口にあるというのが、「町を守るため」って聞いて…」
舞「そうみたいね」
私「その…飢饉があったときに町を守るため、って言うと、理由は…?」

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美加「食糧難だし、単純に町の食べ物を守るためじゃない?」
何が疑問なの?という感じで美加が言う。

私「うーん…」
食糧難の時代。
当然、食べ物を巡っての争いはあっただろうし、この町にも略奪目的で人が来ることがあっただろうとは思う。
でも――

私「お社で守れるものなのかなぁ…」

悪い病気が入ってこないように祈りを込めて作った、というのなら分かる。
でも、人が入ってこないように作ったというのは、ちょっと理解し難い。
食べ物が無くて生きるか死ぬかという時に、このお社を見て、町に入るのは止めようという人が居るとは思えない。

美加「あぁ、そっか。神頼みで何とかなるものでもないよねぇ」
美加も同じように考えたみたいだ。

私「うーん…」
美加「うーん…」
何だか余計分からなくなってきて、2人して悩んでしまう。
…というところで、舞さんがこんな事を言った。

舞「神頼みではなく、人頼みだったのよ」

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私「人頼み?」
何だかあまり聞きなれない言葉だ。

舞「そう。このお社は、人が使うために建てられたのよ」
…使う?
お社に対して、それを"使う"何て…普通は言わない気がする。

私「それは、どんな…?」
私が問い掛けると、舞さん(やっぱり何だか、こう呼ぶのは抵抗がある…)は、ニコリと微笑む。
その笑顔は…いや、この"微笑み方"は、あの舞さんに似ている――

舞「ここは当時、食糧難にはならなかったの」
私「え?」
舞「なぜなら、飢饉が来ることが分かっていたから」

…分かっていた?

舞「だから予め食糧を貯めこんでいて…それ故に、それを守らなければならなかった」

淡々と話をする舞さん。
その様子は…似ている。

何だろう。
別人であることは確かなのに、その雰囲気や仕草、微笑み方や話し方はそっくりだ。

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「本物と偽物」
そんな言葉が頭に浮かぶ。

こんなことは、人に対して考えてはいけないことだけど――
私はこーくんのお姉さんに先に会っているから、目の前の舞さんは「似ている人」で、「偽物」に見える。
でももし、目の前の舞さんに先に会っていたら?
この人が「本物」で、お姉さんは…

そんな悪い考えが頭に浮かんでくる。
すごく嫌な考え方で、自己嫌悪に陥りそうな――

美加「何故、分かっていたのですか?」
黙ってしまった私を見てか、美加が質問をする。

…そうだ。今はその話だ。
何故、飢饉が来ることが分かっていたのか。

舞「それについては少し特別な事があって…信じてもらえると良いのだけど」
美加「…どんな?」
少し困ったような顔をする舞さんに、美加が聞く。

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そのときまた、”揺れ”が見えた。
ほんの一瞬だけ、ゆらりと空気が揺れる。
ただの眩暈なのか、何なのか…

舞「この町には、昔から――」
軽く微笑んでから口を開く舞さん。
注目する私と美加。

――しかしその言葉はすぐに途切れ…舞さんは少し首を上げ、遠くを見るような目をする。
どうしたのかな…?

舞「やっぱり、駄目ね…」
??
駄目…?

舞「2人とも…」
こちらに向き直る舞さん。

舞「本当の事は、私が教えてあげるからね」
そしてそう言うと、クルリと後ろを向いて去っていく。

あまりに急なことに、私たち2人はポカーンとしてそれを見送った。

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――
私「えーっと…」
思わず首をひねってしまう。

美加「うーん…」
美加も同じように、ハテナといった表情。

話を聞かせてくれると思いきや、突然去っていってしまった。
なんだか狐につままれたような感じで、一体…

声「おーい」

美加「ん?」
後ろから…舞さんが立ち去った方向とは、逆の方向から声が聞こえてくる。
今の声は?と思い振り返ってみると、道の先から明君が駆けてくる。

私「明君?」
明「2人とも、いた、か…」
駆け寄ってきて、ゼーゼーと息を切らせる明君。

私「どうしたの?」
明「あぁ…。ちょっと…待って」
そう言って明君は携帯を取り出し、どこかに掛ける。

明「今、着いたよ。…あぁ、居たよ。2人…ん?…聞いてみる」
こちらを向く明君。

明「ここには2人だけ?他に誰か居なかった?」
私「え…?」

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私「ついさっきまで、もう1人居たけど…」
…何で?

明「そうか。…あぁ、居たみたいだ。…そうだな。…話を?…分かった」

今ここに居たあの人のことを、何か知っている…?

明「ごめんね、2人とも…。俺からじゃ上手く説明出来なくて」
美加「何かあったの?」
明「あぁ。それについて、紗希が話をしたいって言っているのだけど…今から時間平気かな?」

時間は…時計を見ると、15時前になっている。

私「うん、平気。美加も良いよね?」
美加「もちろん。何だかさっぱりだもん」
明「よかった。じゃあ…」
その旨、紗希ちゃんに連絡する明君。

そして私たちは再び、堀塚邸に行くことになった。
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