大切な時間を過ごす

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美加「んー、いい天気ね〜」

眩しそうに空を見上げながら、美加が言う。

紗希ちゃんを訪ねた翌日――つまり美加が来て2日目の朝、私は美加に誘われて散歩に出掛けていた。

美加「秋晴れだねぇ」
私「食後の運動にもいいね」
美加「うんうん」

朝食後に散歩に誘ってきたのは美加だけど、彼女はこの土地に詳しい訳ではない。
なので、行き場所の選定は私。
そして選んだのが――

私「はい、到着〜」

ここ、町外れにある川原。
昔、紗希ちゃんと初めて会ったところだ。

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鳥の声、風の音、木々のざわめき。
近くに民家や車の通りがないこの場所は、自然の音だけが聞こえる。

美加「へぇ…、良いとこね」
私「でしょ。紗希ちゃんの家も近いんだよ」
美加「ふーん…」

初めてここに来る美加にも、気に入ってもらえたみたいだ。
よし、ここなら――

私「…よいしょ」
2人で川原に降りる階段まで行き、そこに腰掛ける。
ハンカチでも敷いて座るのが"女性らしさ"かも知れないけど、お互い気にもしない。

美加「ふぅ…」
座ってからしばらく、何も言わずに2人で川を眺める。
ちらと横を見ると、美加は物思いにふけるような表情をしている。
彼女には悪いかも知れないけど、これはちょっと珍しいことだ。

私「何かあったの?」
美加「ん…」
もういいかなと思い、水を向ける。

私「話したいことがあるのかなーって」
美加「…うん。分かる?」
私「うん」

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「今度、母の田舎に帰るの」と言った私に、「行ってもいい?」と聞いてきた美加。
特に観光名所もないこの町に来たいなんて、それだけでも何かあるのかなと思っていたけど、
昨日、奈々ちゃんの話をしたときの釈然としない様子を見て、何か心に抱え込んでいるのだなと確信していた。

それで今日散歩に誘われたとき、私は美加が話をしやすいと思えるこの場所を選んだのだった。

美加「深刻な話とかじゃないんだけどね」
そう言って、美加が話を始める。

美加「あのさ…。古乃羽、佳澄のこと覚えている?」

佳澄のこと――

私「うん。もちろん」
忘れるわけがない。

美加「そうだよね。古乃羽は、そう。…でも、他の人は違うみたいじゃない?」
私「違うって?」
美加「私あれから…佳澄がいなくなってから、誰にも一度も佳澄のことを聞かれないの」
私「…」

それは、実は私も同じだった。
誰からも佳澄のことを聞かれない。
まるで――初めから彼女が居なかったかのように。

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美加「それがね…すごく寂しいの」
そう言って、膝を抱え込んで小さくなる美加。

美加「自分が居なくなった後、みんなが自分のことを忘れていくって…私はイヤ…」
私「そうだね…」
それは私も同じだ。…ううん、きっと誰だってそうだろう。

美加「佳澄は自分でそうしたのだろうけど、本当だったら…そんな風にしないよね」
私「…うん」

佳澄が特別な存在ではなかったら。
普通に人と人の間で暮らして、友達や恋人を作って、泣いたり笑ったりして。

そうしていたら、誰の記憶にも残らない道を選ぶことはなかっただろう。

美加「…ずっと考えないようにしていたんだ」
美加がポツリと言う。

私「何を?」
美加「昔の、彼のこと」

…あ。
そういうことだったのね…。

急に話が変わったように思ったけど、違う。
ここで、美加が何に悩んで…何に心を痛めていたのかが分かる。

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美加「私ね、はやく彼のことを忘れて次にいかなくちゃ、って思ってた」
消えてしまいそうな声で、美加が言う。

美加「ダメだよね、そんなの」
私「…」
美加「私、彼のこと好きだったし…彼も私のこと大好きって言ってくれていたのに…忘れちゃうなんて、可哀想だよね」
私「美加…」
美加「ひどいよね…」
美加の目から、涙がポロポロとこぼれ出す。

私はそっと、美加に寄り添う。
彼女の言わんとしていること、彼女の気持ちを…ちゃんと受け止められるように。

美加「…往来会のことがあった後ね、彼のお墓参りに行ったんだ」
私「うん」
美加「昔一度行ったきりだったから…今まで来なくてごめんね、って言ってきた」
私「うん」

美加「それと――大好きだったよ、忘れないよって言ってきた…」
ちょっと照れくさそうに美加が言う。

私「…うん」
美加「大分、待たせちゃったけどね」

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それからまたしばらく、川を眺めながら静かな時間が過ぎていく。

…大切な時間だな、と思う。
今この時のことは、ずっと忘れないだろう。
きっと、美加も同じだ。

人が成長する過程にある、大切な記憶。思い出。
悲しいことでも辛いことでも、沢山のことが無いと…心は育っていかない。
それは今の自分を成すものであり、未来の自分を成すものにもなる――
…なんて偉そうな事を考えているうちに、1つのことに気付く。

私「あ、それで気になっていたの?」
美加「?」
私「昨日の奈々ちゃんの話」
美加「あ…うん」

私が奈々ちゃんの話をしたとき、美加はどうにも釈然としない様子だった。
当時、まるで全てを忘れたように欠片の悲しさも見せなかった明君のことや、
亡くなった奈々ちゃんの話を誰一人しなくなった、ということが気に掛かっていたのだろう。

美加「私も彼の事を忘れちゃおう、なんて考えていた身だから、偉そうなこと言えないんだけどね」
そう言いながら立ち上がり、ん〜っと伸びをする美加。

美加「よし。帰ろっか。泣いたらお腹空いてきちゃった」
私「うん」

「お嬢様、お手をどうぞ」と手を差し伸べてくる美加を無視して立ち上がる。

時刻は12時前になっていた。

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――
「紗希…?」

俺が部屋をノックして中に入ると、紗希はベッドから窓の外を眺めていた。

俺「もうすぐお昼だよ」
紗希「うん…」

…少し元気がない。
やっぱり気に掛かっているのだろう…あのことが。

俺はベッド脇の椅子から狐のヌイグルミをどかし、そこに座る。

俺「そんなに気にしないでさ。こういう事もあるよ」
紗希「…うん」

紗希が気にしているのは、昨夜のことだろう。
何しろ俺の知る限り初めて、彼女の予知が”意図せずに”外れたのだ。

「深夜、この家に強盗が入る」
「その男は、この部屋と3階の部屋を見て回る」
「そして家から出た後…坂を下りたところで、丁度巡回していた警察に見つかり、捕まる…」

それが紗希の予知であり、家から出るまでは確かにその通りに事は進んでいた。

しかし、その後何かが変わった。何かが起きたのだ。

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堀塚の予知は絶対的なもの。
それが外れる事は、決して許されない。

ずっと昔――ここがまだ小さな村であった頃、”ある時期”にそう言われていた。

しかし今は違う。
もうその必要は無いのだ。
昔のように、そうでなければならない理由は無いのだ。

…だが、紗希は恐れていた。

昔のそれとは違う理由で、自分の言ったことが外れてしまうことを。

それは自身のためであり…俺のためでもあるのだろう。
俺がしたことを、少しでも――と。

自分のしたことが間違っていたとは、欠片も思っていない。
紗希の言葉がなくても、俺は行動を起こしていただろう。

それほどまでに、あれは危険だった。

あの考えは。あの、忌まわしき妄想は。

「奈々は紗希に殺された」などと…。

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紗希「あ…」
心ここに在らずといった様子で窓の外を見ていた紗希が、不意に声をあげる。

俺「どうした?」
俺が聞くと、紗希は目を閉じて少し俯く。
どうやら、何かが"きた"ようだ。

紗希の中にどういった形で予知が訪れるのか、俺には分からない。
意識して得られることもあれば、突然降ってくることもあるとは言っていたが…。

紗希「…見つける」
ゆっくりと目を開けながら、紗希が呟く。
紗希「お社…2人が…」
お社…アレのことか。
では、2人というのは――

俺「2人って、古乃羽ちゃん達か?」
紗希「うん」
俺「そうか…」
…古乃羽ちゃんは杵島家の者だ。その血を色濃く引いており、とても良い目をしていた。
ということは――

果たして、どう思うだろう。

この町のこと。堀塚のこと。
その歴史を全て知ったとき、彼女は何を思うだろう…。
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