男は捕まるA

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俺「まぁ…それはもういい。その話は分かった」

あの家でのことは、それで良い。
予知なんてものを信じるかどうかは、この際どうでも良いことだ。
それより――

俺「で?あんたは何なんだ?」

俺は再び、女に質問を投げかける。
最初に俺が欲しいとか言っていたが、何故か急に変な話を始めて、何がしたいのかさっぱり分からない。

女「最初に言った通りよ。貴方が欲しいの」
俺「じゃあ――」
女「正確には、私の手足になって欲しいの」
俺「手足?」

女「そう。私の兵士になって」
俺「…」

兵士?
変わった表現だが…駒になって、従えってことか?

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俺「フン…。意味も無く従うと思ってんのか?」
そう言いながら、俺はゆっくりと女の目の前まで詰め寄る。

俺「俺は、従わせる方が好きだしな…」
手を伸ばせば届く距離だ。
掴み掛かれば、腕力で負けることはないだろう。
だが女は少しも動じる気配を見せず、澄ました顔でこちらを見つめている…。

気に入らねぇ。

何様のつもりか知らないが、この、人を見下す態度。
相手が男だろうが女だろうが、気に入らねぇ。

俺を言い包めるつもりだったのだろうが、俺はそんな単純ではない。
頭の良さそうな女だが、この世の中、結局は腕力がものを言うのだと思い知らせてやる…。

…と。

女「死ぬわよ」
唐突に、女が言う。

俺「あぁ?」
女「このままだと、貴方、死ぬわよ」
何言ってんだ?死ぬ?…俺が?

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俺「ふん…。今度は何だ?」
馬鹿馬鹿しい。
ため息が出ちまう。

俺「脅し文句にしては、つまらねぇなぁ」
俺は女を睨み付けて言う。

女「自分が呪われている事に、気付いていないのね」

…ヤレヤレだ。

これはアレか?
あなたは呪われています。このままでは死にます。
助かりたければ、ああしろこうしろって?

俺「あんた、ふざけるのも――」
女「首を吊っていた夫婦の霊ね」

俺「…は?」

突然の事に、体が固まってしまう。
首を吊っていた夫婦だと?
こいつ、何で…

女「貴方もバカな事をしたものね」

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俺「何でだよ…」

全身から、急速に力が抜けていくのを感じる。
俺は話していない。
俺は、あの時のことを誰にも話していない…。

女「2週間ほど前、貴方はあるアパートの一室に盗みに入った」
俺の様子などお構いなく、女が淡々と話を始める。
…俺が体験した、誰にも話していない話を。

女「小さな木造のアパート。そこには、50過ぎの夫婦が暮らしていた」
そう。暮らしていた。木造のボロアパート…。

女「時刻は0時過ぎ。小銭稼ぎのつもりで部屋に入った貴方は…居間の中央で、首を吊っている夫婦を見つけた」

吊っていた…。
あぁ…思い出す…思い出してしまう。あの時のことを。

盗みに入ったその家で、それぞれの体をロープに委ねていた2人。
足元には、踏み台に使ったのであろう簡素な椅子が転がっていた。
あれは正に衝撃的な光景だった。

だが、それを見て俺は…

――あぁ、あれが間違いだったのか?

俺はそこで逃げ出す事もせず、首を吊っている2人を尻目に部屋の物色を始めたのだ。

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女「そんなものには動揺しない、強い自分を演じた?…でも、代償は大きかったわね」
俺「…」
女「どこかに大金があるような、そんな状況の家とは思えないのにね」

そうだ。少し考えれば当たり前のことなのに。
俺はただ、逃げ出すのが嫌なだけだったんだ。堂々としていたかったんだ。

女「物色を続けながらも、貴方は夫婦の方を見ないようにしていたわね」
俺「…」

まるで、そこで俺のことを見ていたかのように言う。
確かにそうだった。
俺は、ずっと夫婦に背中を向けて行動していた。
…そりゃそうだろう?
そんなもんを望んで見たいなんて、頭のおかしな奴だけだ。

女「でも視線は感じていた」
俺「く…」

こいつ…

女「でしょ?」
俺「そんな訳は、ない…」
女「そうかしら?」

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女「最初に夫婦の"向き"を確認してから、貴方は決してその正面に行かないように行動していたわね」
何で知ってんだよ…ちくしょう…

女「幸い、2人は何もない壁の方を向いていたから、特に困ることはなかったでしょうけど――」

何なんだ?こいつは。
…駄目だ。こいつが一番おかしい。
さっきの家の事なんかより、こいつが一番異常だ。
頭の中に警告が鳴り響く。これ以上話を聞いてはいけない。今すぐに逃げ出すべきだと。

…だが、足が動かない。
鉛のように重くて、足が動かせない…。

女「気付いたはずよ。その部屋にあった鏡台の前に立ったとき、鏡に映って見えたでしょう?」
鏡台の前に立った…あぁ、立った…。
そこで、俺は――

――見ていない。
俺は何も見ていない!
首を吊ったまま、クルリとこちらに向き直った夫婦の姿なんて、俺は見ていない…!

女「それから、貴方はすぐにその家から逃げ出した訳だけど…」

あぁ…、もう嫌だ。嫌だ…
俺は頭を抱えて、後ずさる。

女「良かったわね。突然、後ろから肩を掴まれるような事が無くて」

もう、やめてくれ…

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俺「分かった…。もう、十分、よく分かった」
俺は女を制止するように、手を向けながら言う。

俺「俺は…何をすれば良いんだ?何を望んでいる?」

こんなのはゴメンだ。
殴られ蹴られ、暴力で脅される方がまだマシだ。それなら俺だって負けやしない。
だが、こんな――意味も分からず頭の中に手を突っ込まれて、無理矢理全てを引きずり出されるようなのには、耐えられない。頭がおかしくなりそうだ。

女「最初に言った通りよ」
およそ感情のこもっていない声で、女が言う。

俺「あぁ…。駒になれってことか」
女「そう」
女が軽く微笑む。

…街で見掛ければ、目を引く美人だろう。
ひょっとしたら声を掛けたかもしれない。
出来ればそういった形で会いたかった気もするが…逆に、この状況を良しとしている自分にも気付く。
この女になら全てを支配されても良いと、少なからず思っている自分に…。

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女「必要な時にこちらから連絡するから、余り遠くには行かないでね」
俺「分かったよ…」
女「それじゃ――」
俺「あぁ、ちょっと待ってくれ」
そう言って、去ろうとする女を引き止める。
1つ聞いておきたい事があるからだ。

俺「あんた…名前は?何て呼べば良い?」
一応、これから俺の"主"となる人間だ。
名前くらい知っておきたい。

女「名前ね…」
すると女は、小首を傾げて何か考えるような素振りをする。

俺「あぁ、俺は三井。三井卓也」

女「私は――舞よ。それじゃあ、ね」

そう言って、その女――舞はクルリと背を向け、更に山奥へと消えていった。

どこに行くのか、後を追いかけてみようかとも考えたが…止めておいた。
きっと姿を見失い、永遠に追いつけないだろうと思ったからだ。

俺は大人しく、来た道を戻って行く。

既に夜は明け、新しい朝が来ていた。
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